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2015-07

作品紹介その29・美しいものについて。

皆様こんにちは。

夏が来ましたね。

夏なので涼しげな作品を。

水#2-2

写真です。

何をどう撮ったか分かりますか?

正解は・・・水しぶきです。

・・・というのは冗談です(笑)

本当の正解はこれです。
DSC_1897b.jpg
気泡が入った青いコップです。

たまたまスーパーの食器売り場に足を運んだら見つけたのです。

「綺麗だな。接写すれば綺麗な写真が撮れそう。」
と思い購入しました。

お値段100円です。

これをピントを合わせる幅を狭くして、
前後がボケているように接写しました。

たまたま見つけたのです。

普段は食器売り場にはあまり行かないのに。

この世は美しいものであふれています。

観光名所や世界遺産などに行かなくても、
美しいものは身近な所にもたくさんあるのです。

それに気付くかどうかです。

普段の道でも、ふと立ち止まって周りに目を向けると素晴らしいものが見えてきます。

美しいものは、実は身近な所にもあるのです。

今回はここまで。

暑い日が続きますが、
皆さま方も水分補給をしながら、
暑さを乗りきり、
むしろ情緒ある夏を楽しみましょう。

いつも応援して下さる皆様、
このブログをご覧いただいている皆様、
いつもいつもありがとうございます。
大変感謝しております。




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デッサン紹介・デッサンについて。

皆様こんにちは。

いかがお過ごしでしょうか。

今までお見せしていなかった私のデッサンをお見せ致します。

全て予備校で18歳の時に描いたものです。

DSC_0680b.jpg
ミケランジェロ作の「瀕死の奴隷」
という作品の石膏像です。

私は美術系予備校で一浪しましたが、
以前書いた通り工業高校出身のため、
高校では美術の時間が少なくて、
予備校でのスタート地点から既に他のみんなから遅れていました。

このデッサンは自分なりに遅れを取り戻そうと、
予備校の授業が終わったあとにアトリエに残り、
自主的に書いたデッサンです。

忙しくなってしまい、
未完成のままですが、
立体感や形、空間を描けていると思っています。

デッサンは形だけではなく、
対象物が置かれているその場の空間も描かないといけないのです。

DSC_0676b.jpg
こちらはモデルさんのデッサンです。

実はあまり気に入っていません。

モデルさんという数十キロもある物体が立っている、
ということを表現しようと、
重厚感や筋肉の動き、
重さを表現しようと、
足ばかりに力を入れすぎるあまり、
上半身の仕事量が少なくなってしまい、
上半身と下半身が別の人が描いたようになってしまいました。

あと、手の大きさも小さいです。
肩の筋肉や肩と首の位置関係もおかしいため、
手に持っているステンレスの棒がやたら重たいように見えてしまっています。

なぜこのような気に入っていないデッサンをお見せするかというと、
もっといいデッサンは私が美大に合格した際、
予備校から「後輩たちの参考作品として置かせて欲しいから売って欲しい」、
と言われ、「後輩たちのためになるなら」
と思い予備校に売ってしまったからです。

一枚3000円で買われました。

DSC_0682b.jpg
こちらもミケランジェロ作の「瀕死の奴隷」です。

まあまあ気に入っています。

私は誕生日が12月のため、
ここでお見せしたデッサンは全て18歳の時のものです。

デッサンとは物の見方です。

デッサンとは、美術全般の基礎であり、基本です。

ただ描けばいいというわけではありません。

まずは目の前にモデルさんなり石膏像なりの対象物が在る、
という現実を捉え、表現しなければいけません。

そのためには、
まずは物事の本質を捉える「目」が必要です。

「観察眼」「審美眼」「洞察力」と呼ばれるものです。

それらを身につけた上で、
初めて「表現」へとつながっていくのです。

デッサンが描ける、
ということは基礎ができているということと、
本質を見極める目を持っているということに他なりません。

物事には全て基礎が大事です。

何事も基礎があってこそ、応用や表現ができるのです。

美大の入試でデッサンの実技があるのは、
その「基礎ができているか」を見るためです。

ささやかな自慢ですが、
私は武蔵野美術大学に、
実技のデッサンを満点で合格しました。

私が彫刻から写真へと表現手段を変えた際に、
独学ながらもできるようになったのは、
予備校でたくさんデッサンを描いて、きっちりと基礎を身に染み込ませていたからだと思います。

基礎が出来ていれば何でもできます。

芸術とは、作者が作品を作って、その作品で語ってこそです。

全てはそこから始まるのです。

そのための基礎として、
デッサンやデッサン力は必要なのです。

もっと気に入っているデッサンをお見せできなくて申し訳ありません。

デッサンとは表現におけるすべての基礎であり基本です。

いつも支え応援して下さる皆様、
このブログをご覧頂いている皆様、
いつもいつもありがとうございます。
大変感謝しております。

これからもよろしくお願いいたします。

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退院。

皆様にご報告です。

7月7日、七夕の日に、半年間入院していた精神科を退院しました。

半年間、長かったけど楽しかった。

他の患者さんたちとも仲良くなりました。

お互いに辛い時を知っている者同士、本当に分かり合える友達がたくさん出来ました。

私は入院をマイナスには捉えていません。

「人と違う経験をしている」と思っていました。

看護師さんたちも、とても優しかったです。

7月3日、病院内のレクリェーションで、
七夕祭りがありました。

みんなで折り紙折ったり、短冊に書いた願い事を笹に飾って、看護師さん手作りのゼリーを頂き、みんなで談笑しました。

DSC_18532.jpg

看護師さん手作りのゼリーです。

とても美味しかった。

何より、毎月何かしらのレクリェーションを用意してくださり、看護師さんやスタッフの方たちの優しい心遣いが嬉しかったです。

半年間、私は優しさに包まれていました。

人が人を癒す。

素晴らしい事だと思います。

私は病んでしまいましたが、
病気にならなければ知れなかった事、
分からなかった事がたくさんあります。

人世は長い旅です。

その過程では、時に休む事も必要だと感じました。

よく「前だけを見ろ!」と仰る方がいますが、
私は「時に休んだり後ろを振り返る事も必要だ」と感じました。

時に立ち止まって自分の歩んできた道のりや、今の立ち位置を確認しないと前には進めないと思うからです。

長い人生の中の半年。

休んだって神様は怒りはしないと思います。

貴重な経験が出来た半年間でした。

楽しい想い出もたくさん出来ました。

「何事も楽しまなきゃ損」と思っていました。

何をするのにも、嫌々やるより楽しんだ方がいい結果になるからです。

辛い想い出も含めて想い出はたくさんあった方がいい。

半年間入院していて培われた友情や信頼関係は、
これから未来へ向かって崩れぬものとして私の中で生き続けます。

変な言い方ですが、「第二の青春」と言える半年間でした。

まだ病が完治したわけではありませんが、一つの区切りを迎えた気分です。

これからも外来で精神科に通院しますが、今は病院に通うのが楽しいです。

それだけ前向きに考えられるように回復しました。

病院の方たちには感謝の気持ちでいっぱいです。

皆さん、私が芸術家であるという事を知ってくれて、私の夢を応援してくださいました。

退院の際、婦長から「好きな芸術活動が出来るように環境が整うといいですね。」とのメモを頂きました。

「みんなが応援してくれてる。」と思えて、泣きそうになってしまいました。

たくさんの愛と優しさに包まれた半年間でした。

その皆さんの心を胸に刻んで生きていきます。

私にはまだまだ夢があるので、病気の治療も含めて頑張ります。

いつも応援してくださる皆様、
このブログをご覧頂いている皆様、
いつもありがとうございます。

大変感謝しております。

私はしっかりと前を向いています。



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私が芸術の道を選んだ理由。

皆様こんにちは。

いかがお過ごしでしょうか。


今までお話ししていなかった、私が芸術の道を選んだ理由をお話しいたします。

私は子供の頃イジメを受けていました。

猿顔で耳が大きいため、
「サル!」などと言われ、
「サルなんだから猿まねしろ!」と言われ、
みんなの前で猿まねを泣きながらさせらりたり、
耳を引っ張られて引きずられ、耳たぶが裂けて出血したこともありました。

自分が悪いことをしてイジメられたなら、そこを直せばいいのですが、見た目という「自分ではどうしようも出来ない」部分でイジメられていたのです。

「サル」と言われるのは大学時代まで続きました。

まさか大学生でありながら人をいじめる人がいるとは、と思いました。


私が幼い頃イジメがありましたが、それでも仲良くしてくれる友達がいました。

ある時、自宅でガンダムの絵を描いていたら、その数少ない友達が、
「上手いじゃん!みんなに見せなよ!」と言ってくれました。

私は恥ずかしかったし、ただ絵を描くのが好きで描いていただけで人に見せるつもりは無かったのですが、
友達の言葉に押されて学校でみんなに見せました。

すると「上手いじゃん!」とみんなに言われました。

たくさん描いていたせいか、デッサン力が多少身についていたのかもしれません。

それが私にとっては大きな自信になりました。

イジメは完全には無くなりませんでしたが、
「これなら負けない!」と思えるものを見つけました。

それが高じて、私は幼いながらに芸術家になることを夢見ました。

その時の友達には、大変感謝しています。

そして高校受験の際、私は美術系の高校へ行きたかったのですが、偏差値が足りませんでした。

普通科の高校は「中学の延長」くらいにしか思っていなかったので、
「生産的な点では工業も美術も共通している。」と思い、
私は工業高校の電気科に入りました。

まったく新しい世界。

電気の勉強や実習も楽しかったです。

工業高校という事で専門授業が多く、一般の授業は少なかったです。

その中で数少ない美術の時間、私はイキイキとしていました。

工業高校に入り、工業の勉強をしているうちに、
「やはり美術がやりたい!」と思いました。

工業高校へ入る前は美術の事しか頭にありませんでしたが、工業高校へ入ったのは正解でした。

そこで初めて「美術」というものとの比較対象が出来て、
「工業も楽しいけど、やっぱり美術がやりたい!」と思えたからです。

さらには、高校三年の修学旅行で錦帯橋を見ました。

私にはとても衝撃的でした。

300年以上前に設計され、何度か架け直されているとは言え、いまだに残っている事に感動しました。

その時私は、錦帯橋を自分の足で渡りながら、
「人間の素晴らしい所はモノを産み出して残していける事なのではないか?」と思いました。

その後、学校の先生に「美術がやりたいです。」と相談しました。

すると先生は、美大や専門学校の資料や学費等の資料や、美術系予備校の資料などをたくさん用意してくれて、私の夢をバックアップしてくれました。

その時私は「先生って素晴らしい職業だな。美術の先生になりたいな。」と思いました。

その時私には、美大へ行くことが頭を過りました。

芸術家を名乗るのに、美大を出ていなければいけない、という決まりは有りません。

芸術家になるなら専門学校でもよかったのですが、美術の先生になるためには大学へ行かなければなりません。

結果、一浪してしまいましたが、本命の武蔵野美術大学へ合格しました。

大学では教職課程を履修し、教師になるための勉強をしました。

そして大学四年の夏、私の前に運命を変える人物が現れました。

Sさんという女性です。

私の初恋でした。

当時私は天使の彫刻を作っていました。

そのSさんは、毎日のように私のアトリエに来て、たくさんお話しをしてくれました。

そのSさんが、ある時私の作った天使を見て、
「純粋なんですね。私も昔は・・・。」と言ったのです。

私は動揺しました。

「昔は・・・ってどういう事?今はそういう気持ちを忘れてしまったの?!」と思い、ショックでした。

初恋の相手がそのような事を発言したのが私にはとても衝撃的でした。

でもSさんは、「中島さんの天使を見ていると癒される。」とも言ってくれました。

その時私は、「自分にとってはもしかしたら、教師になるより芸術家として人々の心を癒すのが使命なのではないか?」
と思いました。

そのSさんには告白しましたが残念ながらフラれてしまいました。

ですが、その時作っていた天使の彫刻をSさんにプレゼントしました。

「迷惑かな?」と思いましたが、やはり評価していただいた方ですし、
「癒されてくれるならば持っていてほしい!」と思い、プレゼントしました。

Sさんは、「告白を断ってしまったのに頂けるんですか?」と仰っていましたが、
私は「あなたにもらって欲しいんです。」と言いました。

Sさんは、快く受け取って下さいました。

私は勉強して教員免許をとりましたが、教師にはならずに、芸術家の道を選びました。

教師という仕事は魅力的でしたが、私には「芸術家として人を癒す作品を作る」事の方が大きな夢になっていたからです。

img052c.jpg

この作品も写真です。

例によって特殊な撮り方をしています。

例のお気に入りの樹です。

私は芸術家の道を選んだ際に、
「一生貧乏でも構わない!死ぬまで夢を追い続ける!」と覚悟を決めました。

芸術とは、崇高な魂の活動です。

芸術とは、文化です。

お金儲けの手段ではありません。

もちろん、作品が売れてお金が入るのは悪いことではありません。

「お金」という目に見える形で評価していただいたという事です。

ただ、それはあくまで結果的に付随してくるものであって、それが目的になってしまっては、それは文化や魂の活動とは言えません。

単なるお金儲けです。

私は人生の夢として芸術に取り組んでいます。

芸術というのは、悩んだり身を削って作品作っても、
評価される保証はどこにもありません。

仮に評価されても売れる保証はどこにもありません。

仮に売れたとしても、次の作品が売れる保証もどこにもありません。

お金儲けを考えたら、こんな効率悪い手段は有りません。

私はお金儲けが目的であったら、とっくに芸術を辞めています。

お金儲けが目的ではないからこそ、今まで続けて来れたのです。

私は上で書いた通り、イジメ等もありましたが、頑張っていれば応援してくれる人が必ず現れます。

私はその方達のお陰で、芸術家として夢を追い続けられていますし、人や物事の上っ面ではなく、本質的な中身を重要視するようになりました。

私は夢を持っていられて幸せです。

私の今の夢は、「人々の心を癒す作品を作り続けること」です。

ですから、「夢が叶った」と思える日が訪れないのです。

それでも追い続けます。

一度見て、焦がれた夢を簡単に捨てる訳にはいかないのです。

今回はちょっと長々と書いてしまいました。

ご拝読ありがとうございます。

皆様も夢を諦めずに、希望を持って、ご自身の人生を楽しんで下さいませ。

いつも支え、応援してくださる皆様。
このブログをご覧いただいている皆様。
いつもいつもありがとうございます。
大変感謝しております。

最後に私事ですが、七日の七夕の日に精神科を退院することに決まりました。
その事については、いずれまた書きます。


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プロフィール

中島誠一郎

Author:中島誠一郎
うつ病、過敏性腸症候群、自律神経失調症、統合失調症、痛風、神経性胃炎などを治療中の貧乏芸術家・中島誠一郎です。
武蔵野美術大学造形学部彫刻学科卒です。
以前は彫刻、今は写真・CGで作品を作っています。
「人間の純粋な心」をテーマに作品を作っています。
よろしくお願い致します。
写真の参考価格は、四つ切(約25.4×30.5cm)サイズで、私の推奨の額装込で4万円です。
作品の価格、サイズ、発送方法等はメールフォームにてお気軽にお問い合わせ下さい。
ちなみにメールは見れない時がありますので、作品をご希望の方はコメント下さいませ。
[個展]
青い風(1999年・ガレリアラセン・写真)
静かな風と時の中で(2000年・ガレリアラセン・写真)
[グループ展]
環境野外彫刻展(1996年・国立市富士見台団地・作品が盗まれ途中で出展中止・彫刻)
[ギャラリー企画展]
ガレリアラセンselect2000(2000年・ガレリアラセン・写真)

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